2013年11月17日

『夢と狂気の王国』を観てきた感想

16日はシネマズミントのサービスデー(1000円)。
というわけで観てきました。『風立ちぬ』の制作に追われるスタジオジブリをとらえたドキュメンタリー。
僕は宮崎駿の声が大好きです。俳優・声優でそういう人っていないですけど、宮崎駿の喉に何かからんだ低い声は、ずっと聞いてて飽きない。
で、この作品は全編、宮崎駿がぶつぶつつぶやきます。たまりません。
以下、観てきたばかりの感想書きます。長いです。

宮崎駿は脚本を書かない。
いきなり絵コンテを切って作品を作ってしまう。そしてできた絵コンテは作画に移ってしまうから、全員が制作作業に入っているというのに、宮崎駿本人を含めて誰もその結末がわからない。
彼のおそろしいところは、そんな状況にありながら、ついに72才になっても出す作品の全てが何十億円という大ヒットになること。
高齢の現役監督はいくらでもいるが、最新のものが常に売れているなんて空前絶後。こんな天才のそばにいられるなら、たとえつぶされるだけだと判っていても全てを投げ出して着いてくる者はいくらでもいるだろう。
そしてこれは彼自身に課せられた呪いでもある。
だから、自分がもうすぐ本当の限界に達すると自覚した宮崎駿は「もうやめた。俺は自分のやりたいことだけをしたい」と引退宣言をした。

宮崎駿は『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎の声に、庵野秀明を起用した。
本作の中で宮崎駿は、庵野がいるシーンはすべて上機嫌に映っている。
ゼロ戦の模型を片手にインメルマンターンについて話す姿は「友達」に対するそれだった。
高畑勲のように愛憎なかばする存在ではなく、たぶん純粋に「かわいがっている」のだと思う。島本和彦の『アオイホノオ』を読めばわかるが、庵野秀明は怪物。才能のかたまりである。だから宮崎駿は、大阪から上京してきた初対面で未経験の23才の男に、『風の谷のナウシカ』で最重要のハイライトとなる巨神兵のシーンをまかせた。冷静に考えればありえない決断。

また宮崎駿は庵野の『新世紀エヴァンゲリオン』について、本人を前に「自分の中に何もない、カラッポだってことを証明してみせたな」と笑った。
これを、「庵野をディスっている」と勘違いする人もいるが、そうではない。宮崎駿は常々「自分は、何もわかっていない」と各所で述べてきた。つまりこれは「ついにおまえも俺のステージに登ろうとしているな」という歪んだ賞賛の言葉なのだ。その証拠に彼は、息子の宮崎吾朗に対してそういうことを笑顔で言ったりしない。

宮崎吾朗といえば、本作でわずかに登場してなかなか重い言葉を吐いていた。
「自分は間違ってジブリに来てしまった。アニメが作りたいという純粋な気持ちでここに来たわけじゃない」と。
『ゲド戦記』の制作において、宮崎吾朗にあった才能はひとつしかなかった。それは「宮崎駿につぶされない」ということ。何を言われても、どれだけ罵倒されても息子だから「うるさい!」と真正面から口答えできる。それが彼の「才能」だった。そして『コクリコ坂にて』で、飛び抜けてはいないが順当な成長は見せた。
しかし彼の中にあるのは「すごいものを世に見せつけたい」というクリエーターのエゴではなく、「このスタジオジブリにいる人々のために」という優しさが多くを占めている。

宮崎駿はスタジオジブリについて「いずれ廃れる。やっていけなくなる。それは仕方がない」と述べている。
おそらく彼の中には「どうせ、俺がいなくちゃダメなんだろ?」という気持ちがあるんだと思う。400人ものスタッフがどれだけ頑張っているとしても、しょせんは彼の才能あってのこと。
後継者が育っていないことは、『借りぐらしのアリエッティ』で明らかだ。並のスタジオなら作画監督ができるレベルのスタッフが、ヒラのアニメーターをやってるのがジブリだ。だから絵のクオリティは高い。しかし物語をつむぐ力が全くできていない。だからプロデューサーの鈴木敏夫は、『ゲド戦記』で吾郎さんを引きずり出すしかなかった。

そうした状況の中で、宮崎駿は72才になるまで周囲の期待に応え続けてきた。でももう、それが限界に来ている。そしてそれはプロデューサーの鈴木敏夫もよく判っている。
だからこそ、『風立ちぬ』の封切りに合わせて引退会見を行うというマーケティングを行った。あんなものは宮崎駿ひとりでセッティングできるものではない。

さらに言えば、庵野秀明の声優起用も冷静な計算があるのだと思う。
作中、『かぐや姫の物語』プロデューサーである「西村さん」が、鈴木敏夫について「あの人は全てに気配りができる人」と言っている。
どの場所で、どの打ち合わせにどの人間が並ぶのがベストか、ということを全て計算して組み立てるのだと。
宮崎駿はおそらくまだ、アニメーター、映画監督、さらにはスタジオ経営者としての庵野秀明と机を並べて仕事ができるほどの寛容さは持ち合わせていない。
でもそれ以外のことなら仲良くできるし、また彼が仲良くしたいという気持ちを秘めていることも知っている。自分と同じように輝く才能を持ち、「スタジオカラー」の経営者としてスタッフを抱える苦しみの中にいる後輩。自分と同じ苦しみも喜びもわかりあえる同志としての庵野秀明を求めているはずだと。

その意味で声優というのは絶妙だった。
台詞を話す以上、作品内容に少しは口出ししても不自然ではないし、かといってクリエーターのプライドがぶつかりあうこともない。
だから宮崎駿と庵野秀明が同席しているシーンは、まるで二人が親子のように見える。息子が来てくれて上機嫌の老いた父親。しょうがねえなと無愛想ながらも相手をしてやる息子。

しかし本当の息子は、同じスタジオジブリの中にいるのだ。
おそらく吾郎さんはめちゃくちゃもがき苦しんでると思う。かわいそうだと思う。それがわかるいいシーンだった。

あの苦しみがあれば、吾郎さんは「ものになる」のかもしれない。
それまでは、きっと庵野秀明が『風の谷のナウシカ外伝』を作ってひっぱってくれるだろう。そして宮崎駿はそれを苦虫を噛みつぶしたような顔をして眺め、「俺が若ければなあ」と愚痴るのだろう。
posted by tk219 at 12:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

大滝秀治の話。

いきなり大滝ではないのだが。
以前、山田風太郎の話で、庭のスズメというのがあった。

それは自宅の庭に、毎日スズメがたくさん来る。
そこで縁側に立ち、米粒をまいてやる。スズメは喜んで食う。

ある日思いついて、米粒を「バカ」という字に撒いてみた。
するとスズメが、バカの形に群がってついばんでいる……という話である。

これを例えば人が「バカ」の形に並んでも、あまり面白くない。
偶然バカなら面白いが、意識してのバカなら全くだめだ。
スズメが何の意識もなく「バカ」と並ぶから笑ってしまう。




さて、大滝秀治である。

大滝秀治はある日、「犬はアイスクリームを食うだろうか」と思い、庭にいた飼い犬にあげてみた。
すると犬は食うところを観られるのが嫌なようで、それを土に埋めてしまった。

隠れて様子を見ていたら、30分ほどして犬はアイスクリームを掘り出した。
もちろんアイスクリームは地中で溶けている。
犬は割り箸だけになったそれを見て、呆然としていた。
そういう話だった。


さてこういう時、人は「呆然とした顔をした」という。
しかし犬に「呆然とした顔」はない。
犬は「呆然とした顔をした」のではない。ただ「呆然とした」のだ。

つまり「呆然たる者」を演ずるのに必要なのは、「呆然とする」ことであって、「呆然とした顔をする」ことではない。




何やら深い話のような気がするが、私にはよく判らない。
タグ:diary
posted by tk219 at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

とある大企業の黎明期

これは私の祖母から聞いた話なので、本当なのかどうかは判らない。



祖父母はかつて、京都山科で小さな下宿屋をやっていた。
客は地元の若い警官で、いわば独身寮のようなものだった。

ある日の朝、祖母が玄関を開けると、軒先に若い男女がうずくまっていた。
聞くと行き倒れのようなものである。
九州から来たといっていた。名は鈴木さん。
しかし事情(なぜ彼らが九州にいて、そこから京都に来て、さらに祖父母の軒先にたどり着いたかについては色々あるのだが、個人的な事柄なので割愛する)があって行く宛がなく、ここで夜露をしのがせてもらっていたという。

気の毒に思った祖母は、お金がないというふたりをしばらく、空いている部屋に置いてやった。
そのうち近所のとある施設に住めそうだというので保証してやり、二人はようやくそこに腰を落ち着けた。
その施設は本当にごく近くにあったので、それからも余った食べ物があればあげたり、向こうも何かあれば相談にくるという感じで、なんとなく世話をしている風になっていった。

そして鈴木さんはすぐに、自分たちで仕事を始めた。
最初は何の元手もないから、とにかく「何でも屋」。
動く手足を使って力仕事をした。

いくつか仕事を変えた後、業務用の清掃道具を買ってきて周辺の家をまわり、掃除の代行業を始めた。
特に昔のトイレはくみ取り式だったから、少し掃除をさぼるとすぐに汚くなる。
そこで塩酸などの薬品などを使って徹底的に掃除するというのは、それなりの需要があったようだ。
(元々彼らが入所した施設でも、トイレ掃除の奉仕活動は行っていたようだ)

それから太平洋戦争が始まると、入手が難しくなった蝋燭の代用品を作ったりしていた。
ある日、そんな彼らが家に来て、祖父母にこんな話をした。

「雑巾を使って、新しい事業を始めようと思います」
「今度は雑巾か」
祖父は呵々と笑った。
祖父母の方も、下宿屋になる前後に左官屋、食堂、焼き芋屋、駄菓子屋などと商売をやってはうまくいかずに転業しており(最終的に自転車預かりでやっと成功した)、このあたりは彼らとウマが合ったようだ。

「雑巾を貸し出す商売なんです」
「雑巾なんて貸して、商売になるかね」
「勝算があります」

どんな勝算だと聞くと、家庭や会社に雑巾を貸し出して掃除に使ってもらう。
一定期間ごとに訪問して、新しい雑巾と取り替える。
そのときに並行して、清掃の受注営業も行う。
いきなり「掃除の御用はありませんか」と訪ねるよりも、定期的に訪問できるから信用ができて効率的だし、雑巾自体のコストも高くない。

祖父母はそういうものか、と首をかしげていたが、鈴木さんは大丈夫ですと胸を張っていた。

そのうちトラックを新調し、道具も立派になり、人を雇い始めた。
戦争が終わると事業は波に乗り、清掃道具の販売やビルメンテナンスなどに手を広げた。
二人の事業は年を経るごとに急成長し、全国区の大企業となっていった。






ほら、あの会社ですよ。
雑巾貸し出す。貸し出す雑巾。出す雑巾。出す巾。(→Wikipedia)

でもこの話、世間に公表されているものとは全然違うんだよね。
ただし社名の由来は、生前の鈴木さんから直接聞いたらしいから間違いない(冗談の可能性もあるが)。




全体的には、ほんまかいな、という感じで。
posted by tk219 at 11:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

携帯電話がCDに

少し前、道端で携帯電話を落とした。

歩いていて、寒かったから手袋をしたまま携帯電話をポケットから出そうとしたら、手元が狂って割とワイルドにポイッと。


しょっちゅう携帯電話は落とすんだけど、かなり豪勢に叩きつけてしまったんで、やべーって思ってカパッと開いたら、「ん……んあ……」みたいな感じで起動するのに一瞬の間があった。


しかも画面に大量の黒いノイズが走っている。

電源を入れ直しても同じ。つまり液晶に傷が入ったということか。


翌朝そーっと見ても、変わらず。

不意打ちするようにみても同じ。あたりまえだ。

やるおみたいに視界の端でチラッと見てみたが、やっぱり傷が入っていた。


あーこりゃだめだなと。



ところが3日くらいたつと、ノイズが綺麗に消えて元に戻っている。

10〜20本くらいあった黒い線が、全て消えておるんである。


いつのまにか物を修復するスタンドでも発現したのだろうか。

不思議なこともあるもんだ。

posted by tk219 at 19:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

年賀状の当選番号(2011)

1等 651694
2等 403580 / 228949 / 022471
3等 末尾8363
4等 末尾69 / 02

■比較的速い見方

1,最末尾が「5」「6」「7」「8」は除外。

2,末尾2ケタの番号を見る。
  02
  49
  63
  69
  71
  80
  94


3,「69」「02」以外の該当番号を、1/2/3等と数字を付き合わせる。
posted by tk219 at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

ここ数年でやめたもの

先月、忘年会で久しぶりに友人としゃべってたら当たり前のように「断捨離」という単語があって、なんとなく文脈から意味はわかるから知ってるふりして会話してた。
でもやっぱり知らないものは知らないわけで、ちゃんと調べてみたんだが。

「不要なモノを断ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を手に入れようというもの」
らしい。

それで考えてみたんだが、無意識にちょっとはやってたようだ。
以下、やめたものを。



■テレビ

テレビを捨てて2年ほど。人に言うと驚かれるが、たまに話題についていけないくらいで問題ない。
というか、それ以前に「テレビにピックアップされる話題」というもの自体、基本的に古いのではないかと思っている。

これはインターネットが普及する以前からの考えで、
何かがテレビに取り上げられる頃には、それは既に古くなっているのが常であると思う。
真っ当な速報性としては、スポーツ中継くらいかな。

たまに人の家や、ホテルなんかでテレビは観る。別に観たくないほどではない。
しかし最近の番組は、人口の多い団塊ジュニア、団塊世代をターゲットにしているものが多いような。
それは基本的に懐古的になってしまうものだから、やっぱりついていく必要がない。

ただ『ガキの使い』くらいは見たいので、そういうのはDVDで借りてくればいい(DVD化してくれない企画も多いけど)。
最近はNHKの集金人も全く来なくなった。ないものはないし。



■炊飯器

これも2年くらい前に捨てた。今は鍋で炊いて、冷えたら小分けにして冷凍。
冷凍ごはんを温め直しても、炊飯器で保温しているよりずっと美味しい。

炊飯器の記憶がすでに曖昧になってるが、確かセットしてから炊けるまで小一時間?
鍋だと15分くらい。
何度も炊くうちに判ったが、結局は「水分を飛ばす」「よく蒸らす」が重要であって、火加減に神経質になる必要は全くない。
「赤子ないてもフタ取るな」なんてことはなく、気になるなら何度でも様子を見ればよい。
(ただし水分がなくなってきて、米粒の輪郭がはっきりしてくるまで)

また土鍋じゃなくても、普通のフタつき鍋で充分。
あとは「炊飯器のスペースが空く」というメリットもある。



■新聞

これはやめてはいるが、全くいらないとも思わない。
実のところ、新聞はテレビより情報媒体としてずっと有効だと思っている。

いくらネットで同じようにニュースが見られるといっても、現在はまだ新聞紙面の一覧性にはかなわない。
基本的に専門的な教育を施された記者の「まとめ」能力と、デスクや整理部による話題の濃縮力は、やはりネット専門のニュースサイトよりも遥かに高いし、何より読みやすい。

テレビも「まとめ力」はあるが、何がなんでも映像素材をくっつけなければならない点が足かせになっている。
そこも、テキストで済む新聞が有利。

また新聞会社ごとの思想的傾向とか記事の取捨選択とか色々問題はあると思うけれども、相手の書くことをいちいち真に受ける方がどうかしている。
それがもし広告だったなら、いくら「すごい」「安い」「早い」などと書かれても、いちいち真に受けないはずだ。
それが記事だとどうして易々と信じるのか。

であるから新聞をやめるとしても、会社で読むといったように読もうと思えば読める、という手段を確保しておいてのことだと思う。



■ゴミ箱

台所の場合、フックにスーパーなんかのビニール袋をかけて、一杯になったら指定のゴミ袋に移す。
居間なら、いらない紙をおりがみ箱にしてゴミを入れる。一杯になったら箱ごと捨てる。

ゴミ箱があったとしても、そこにビニール袋をかけてゴミを入れていたりするのだから、結局は同じことである。
ならばゴミ箱がなくても問題ない。



■携帯電話のパケット利用

これは2ヶ月ほど前にやめた。
それまで定額制の4000円くらいのものを使っていて、暇なときにちょこちょこちょこちょこネットを見てしまっていた。

ところがiPod Touchを買って、ほどなくノートパソコンも新しくしたら、WiMAXのルーターが付いてきた。
そこでWiMAXにお試しで加入してみたら、携帯電話のネット利用は必要がなくなったわけだ。

しかしよく考えるとWiMAXの接続もいらないんじゃないかと、一ヶ月で解約。
その頃には携帯電話でネットは見なくなっていましたという次第である。
WiMAXのルーターは必要なときに1日600円で使えるから、遠出するときなど、これはこれで重宝する。



■ティーバッグ

北野に神戸グロサーズという食料品店がある。
そこは周辺のレストランやカフェの人間が材料を買いに行くような店であり、紅茶の茶葉が装飾もへったくれもない袋で、1キロなどという量を安く売っている。
もしくはカルディコーヒーファーム、大阪堂島・神戸元町にあるムジカという店で茶葉を買う。

これをポットで入れて飲む。
ホットでほしい時は温め直す。するとティーバッグで入れる紅茶が薄いことに気付く。
それでもティーバッグで入れなきゃならないとなると、ポットに2つも3つもティーバッグを入れないと嫌になっていた。
これはいくらなんでも不経済だと思う。



■折りたたみ物干し


ベランダに置いてある、傘みたいにバカっと開くやつ。
これがベランダを行き来するときに当たって、けっこう邪魔だった。
それでよく考えてみたら、針金ハンガーで普通に物干し竿にかけていっても同じだと気付いた。
しかも時間のないとき、ハンガーだったらそのまま取り込める。

もちろん家族が増えたら、そうも言ってられないんだろうけど。



こんな感じで。
今年は、固定電話とファックスをやめようかと考えてます。
タグ:diary 収納
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2011年01月25日

聞き間違い

仕事してたら、ケータイが鳴った。

「私、アフタヌーンティーの○○と申します」

アフタヌーンティーって、ティールームやったり雑貨売ったりしてるとこだよな?

なんでそんな店が俺のケータイ番号を????

自分が店に行ったとすれば、元町の居留地か。しかし半年以上行ってないはず。


「はい」
「〜様でいらっしゃいますでしょうか?」
「そうですけど」

「はい。そうなんですね。このたびお得なキャンペーンのご案内がございまして、お電話させていただきました」

「はあ。あの、僕、どちらかでこの番号、登録したりしましたでしょうか?」

「え? そうですね。ご契約の際にご記入いただきましたものです

俺がアフタヌーンティーと、いったい何の契約をするというのか????




「すいません。もう一度お名前お願いできますでしょうか」
「はい。アフタヌーンティーの、○○、と申します」

「アフタヌーンティー?」

「あ、いえ。アフタヌーンティーです」



「え?」
「はい?」


「アフタヌーン……」



「あ、いえ。アット、ニフティー(@nifty)です」
「あ〜」

  1. アットニフティー
  2. アフトニンティー
  3. アフタニンティー
  4. アフタヌーンティー

誰も悪くない。強いて言えば、俺の耳が悪い。






ちなみにアフタヌーンティーは現在、こんなキャンペーンをしているそうですよ!!!
1/11〜30周年スペシャルティー第1弾『カモミール&アッサム』を販売。

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2011年01月19日

文章を書く7つの法則

「文章を書くのが苦手」「何書けばいいのか分からない」

そんな人のために、簡単に始められるポイントを並べておきます。




1,3つ用意する


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物事を書く時、どう掘り下げていくべきか。あなたがAという話題について書くとします。

では、「A」に対して読者があなたに聞くであろう3つの質問を考えるのです。

例えば「私はお金が欲しい」と言いたいなら、


・私はなぜお金が欲しいのか。

・お金を手にして、何がしたいのか。

・どういう方法でお金を手に入れたいのか。


といったようにです。

3つあれば、読者は「充分に与えられた」と感じますし、4つめを感じ取ってくれることもあります。

また疑問を呈する場合は、そこに3つの選択肢を与えてください。

結論をまとめる場合も、よほど強力なインパクトがあれば1つでいいですが、そうでないなら3つに絞ってください。




2,手書きで下書きする

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何か文章を書かなくてはいけないとき、「書けない人」はいきなりパソコンに向かってはいけません。

紙とペンを用意して、書く必要のあることを自由にメモしてください。

紙ですから、書式にこだわらず、箇条書きでもツリー構造でも図式化でも好きなように書けるでしょう。

また一見いらない情報でも、たくさん書いてみると、意外なつながりを発見できたりします。




3,第一稿を書き終えるまでは何も調べない


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小説でもエッセイでも、まずは書きたいことを最後まで書いてみてください。

よく分からない箇所は空欄や適当なもので埋めておけばよいのです。

どうせ読み直しをするのですから。


推敲の段階で類語辞典や漢字辞典を調べるのはいいとしても、最初の原稿でそれらを調べる必要があるとすれば、それは「いらない文章」です。

なぜなら読者は辞書を片手にあなたの文章を読んでくれるわけではないからです。




4,必ず推敲する


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書いた文章は必ず、客観的な気分で読み返してください。いきなりマスター原稿を書ける人はほとんどいません。

大抵の場合、いきなり書いた文章には不要な単語、もしくは説明不足な一文があるものです。

説明不足はなかなか自分では気づけませんが、少なくとも不要なもの、文章のゴミは除去した方が良いです。


除去してみたら何も残らなかった……という場合、それは文章そのものが○○だったわけですが……。

自分でそれに気付くなんて大したものです。気にせず別のものを書いてみましょう。


「ラブレターを夜書くな」とはいいますが、それは「朝読み返して頭を抱えるような内容」になっているからです。

だったら朝、書き直せば良いのです。

問題は推敲せず、夜の内にラブレターを送信なり投函なりしてしまうことです。




5,巧い人を模写する

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世の中には、あなた好みの文章巧者たちがいるはずです。

その人の作品を、短いものでかまいませんから1から10まで「手書き」で書き写してみてください。

キーボードで打つと単なる作業になる可能性が高いです。


私個人の好みですが、エッセイなら山本夏彦や向田邦子、短編小説なら芥川龍之介あたり。

のたうちまわるようなものが好きなら、谷崎潤一郎、野坂昭如、町田康などがおすすめです。




6,ちゃんと根拠を調べる


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3番と矛盾するようですが、そうではありません。推敲段階に入ってからは、ちゃんと調べてください。

下手な人の文章にありがちなのが、だらだらしていて中身がないもの。

良い文章は一般的に「面白くて」「ためになる」ものです(もちろんどちらかが突出していれば片方だけでよい)。


では「面白い」とは何かというと、「読みやすく」「オリジナリティがある」ものです。

次に「ためになる」とは何かというと、「興味をひく話題」に「的確な情報が必要充分に入れてある」ものではないでしょうか。

ところがその情報がウソや推測にすぎないとすると、よほど「面白い」ものでないと通用しません。




ここまでで6つ書きましたが、「それができれば苦労せんわ!」という人は、以下の練習方を行ってみてください。




7,写真のキャプションを考える


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まず何でもいいので、写真を一枚用意します。それを簡潔に説明する文章を考えてみてください。

書くことは以下の3つです(1で書いたように「3つ」です)。


・その写真は、一体何を写しているか。

・写っているものは、どういう状況で撮影されたものか。

・その写真から、どのような印象を受けたか。


これを短い文章で、いかにわかりやすく書けるかを考えるのです。

日記ブログなどでも、一番やりやすいのがこのパターンだと思います。




以上、簡単に並べてみました。

目標は常に高く!
タグ:diary 文章
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2011年01月18日

DSiポイントをもらった

先日、某サイトにテキストを送っておいたら、報酬というか賞品というかでニンテンドーポイントをもらいました。

昨年は毎日コミュニケーションズさんのファイルメーカー選手権で Nintendo DSi をもらったのですが、あんまり起動することもなく過ごしていたわけです。
そこでひさしぶりに起動して、ポイントを充填してみました。

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こんなカードで送ってきた。緑色のカードをべりべりっと剥がす。

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カードの裏にスクラッチできる部分があるので、コインで削ると番号が出てくる。

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久しぶりに起動したので、ポイントをどこで入力するのかしばし悩む。
【 ニンテンドーDSiショップ → ショッピングへ → DSiポイントの追加 】

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入力して、終わり。
問題は3000ポイントで何を買うかだな。
タグ:diary
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2011年01月15日

若者批判の歴史

時は2011年である。1月13日、このような若者批判が登場した。

辞めません、でも頑張りません――「新・ぶら下がり社員」現る

 与えられた仕事はきちんとこなすし、遅刻やサボリもなく、残業も必要であればする。上司の言うことは素直に受け入れ、逆らったりはしない。一見、従順な社員である。この与えられた仕事はこなすというのが厄介なのである。
 例えば営業担当に「今月は先月より新規顧客を5件増やせ」と指示を出したら、
    その指示を従順に受け入れ、新規顧客を増やそうと行動し始める。
    問題は、言わない限り動かないという点である。自分から仕事を増やそうとも、
    仕事のハードルを上げようともしない。新しい提案などはまったくしない。
    いつまでたっても受身のままである。
    しかも最短距離で達成する方法を選び、困難な方法は避けて通る。リスクや
    トラブルを避けるのは賢い選択のように思えるが、成長が止まり、思考も止まる。
    自分の頭で考えられない社員になっていくのである。(以下続く)


いつの世も、若者というのはムカつく存在である。
立ち上がれば生意気であり、座り込めば覇気がない。寝転がるとやる気がない。じゃあどっか行きますわと言えば存在が不可解。
しかし私は、そろそろいいかげんにせよと言いたい。

戦後日本はベビーブームがあり、団塊世代、団塊ジュニア世代とあった。
というか人類誕生以来、古今東西ほぼ全ての社会で若者は多かったのである。
だから少々年寄りが愚痴るのもご愛敬で、限界点にくれば覆すことができた。
つまり若者が数を占めて社会に影響を与えたから、いくら年寄りが舌打ちをしても関係ねーやと言っていられたのだ。

ところが少子高齢化である。若者が減り、年寄りだらけになろうとしている。
そんなところで過去と同じ調子で、大多数の年寄りが少数となっていく若者を叱咤する状況は、はたして健全なのか。
それでも批判したい人は、以下を参照してもらいたい。

■1977年(昭和52年)
「最近の若者はダメだ」は昔から言われているが、特に今の若者はひどい。
 まず、当事者意識が完全に欠如している。さらに、独り立ちをしようとせず、常に何かに依存し、消費し、批判するだけの「お客さま」でいつづけようとしている。これはゆゆしき事態であり、日本社会のありかたにかかわる重大な問題である。
 最近の若者は、定職に就きたがらない。あるいは、会社に入っても一定のポジションで身を立てようとしない。なぜなら、社会的なかかわりを、全て暫定的・一時的なものと見なしているからだ。
 彼らに言わせると、本当の自分は別のところにあり、現実の自分は仮の姿に過ぎないんだそうだ。本当の自分は棚上げしておいて、いつまでも立場を替え、考えを変え、自分自身をも変身させる余地を残しておく。一貫した主義主張をもたないか、もたないふりをする。特定の党派、集団に全てを賭けることを避けようとする。
小此木 啓吾 『モラトリアム人間の時代』より

■1914年(大正3年)
 今の学生は親のスネをかじっていながら、片方ではイヤにませている。女の品評を口にするか試験の点数を苦にするか、まずこの二つを出ない。これに反して昔の学生はどうであったか。しかし自分は昔の人ではないから詳しくは知らぬ。とかく押しもせぬ押されもせない、男一匹で大道狭しと歩いたのは事実だ。今の学生のように骨を抜いたような人間が多いには駄目だ。学生諸君、かっぱつな人間になってもらいたい。
「琉球新報」読者投稿欄より

■1000年ごろ(平安時代中期)
寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。
この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。
人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。
何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。
(お寺の名前や、その他の色々な物にも名前を付けるとき、昔の人は、何も考えずに、ただありのままに、わかりやすく付けたものだ。最近はあれこれ考え、自分の賢明さを見せつけようとしているようで嫌味なものだ。人の名前にしても、見たことのない珍しい漢字を使っても、まったく意味のないことである。どんなことでも、珍しいことを追求して、一般的じゃないものをありがたがるのは、薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうなことである)
清少納言「枕草子」116段


東アジアを中心に、おそるべき速度で少子高齢化が進んでいる。
この動きは日本だけではない。
そして少子高齢化は、いまだ人類が体験したことのない領域だ。
今まで通り、のんべんだらりと同じことをやっていける時代ではない。
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2011年01月14日

30日間無利息の借金

電車に乗ると、レイクの車内吊広告で「30日間利息0円」というのがある。

実際にレイクのウェブページを見てみると、こう書いてあった。



 初めてご契約いただいた日の翌日から30日間が無利息となります。

    * 30日間無利息の期間中もご返済日がございます。お借入れ後の第1回目のご返済予定日をご確認ください。

    * 無利息期間中にご返済が滞った場合、翌日以降、遅延損害金およびお利息をご負担いただくこととなります。

    * ※無利息期間中のご返済は、全額を元金のご返済に充てさせていただきます。

    * ※無利息期間終了後の金利は、実質年率9.0%〜18.0%となります。




ここから導かれるのは、まず「消費者金融というのは、30日間利息をとらなくても企業としてやっていけるんだな」ということである。

ということはもう一歩踏み込むと、


「30日間無利息でも利益が上がる」

 ↓

「なぜなら30日間では返せないから」

 ↓

「借金は30日程度ではリカバリーできない」


ということでもある。

当たり前のことだが、貸金業は利息が利益となる。

貸してるくらいだから一見、金があるように見えるが、それは回転する金があるだけ。


しかも銀行のようにしっかり担保を押さえているわけでもない。

寝てても回収できるような甘いものではないから、貸すのは自動化できても、回収は自動化できない。

だから何かがちょっと逆回転し始めると、あっという間に破綻する商売でもある。


そうした中で30日間ものあいだ利益をとらない、他に融資できない金にしてしまうのはリスクであるはずだ。

それでもやっていけるというのであれば、すなわち「客は30日で金を返せない」ということである。


たまに「借りてきちんと返したというのはプラスの信用実績になる」という人がいるが、そんな馬鹿なと思う。

もちろん消費者金融から金を借りるのに、以前借りてきちんと返しましたというのは実績だろう。

しかし住宅ローンなどで、消費者金融の返済実績が信用になるわけがない。むしろマイナスではないのか。



それ以前に、個人が消費者金融で金を借りるというのは、どういう用事なのだろうか。

おそらく貸す側としては、30日以内に返してもらって問題はなく、要は「ウチでお金を借りるのは簡単ですよ、怖くないですよ」というお誘いをかけているであろう。


しかし30日以内に返せる金額の貯金がない、というのがよく分からない。

買い物であれば、クレジットカードがある。

最近は審査なんてあってないようなものだし、クレジットカード1回払いで手数料がかかることはまずない。

じゃあクレジットカード使った方がいい、と思うのだが。


では、たまたま貯金がすっからかん。しかし緊急に現金が必要という場合。

それなら、身内に借金できそうな人はいないのだろうか。

まあ、「ご利用は計画的に」と言われても、計画的じゃないから金借りるんだ!と言われればごもっともではある。

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2011年01月11日

貴婦人=レンジャー説

たまにちょっといい店にいってコース料理を食べたりすると、
もう途中でお腹いっぱいになっちゃって、
最後のデザートなんて苦しみながらヒイヒイ言って食べていたりすることがある。

それで貴婦人のマナーに関する本を読んでいて、ふと思った。
食べるのに苦しくなると肘をつきたくなったり、椅子に背を預けてしまいたくなる。
お酒が入ったらなおのことである。
しかし高貴な人々というのは、そういうのを耐えて、シュッとしているものなのだ。

きれいなたたずまいを維持し、それでいてコース料理を堪能できるというのは、
実はものすごい身体能力の持ち主なのではないだろうか?

<基本的な能力>

■お酒に酔ってはいけない=酒に強い
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■ティーカップを持つのに指全体を使わず、指先だけでそっと持つ=指力が強い
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■椅子の背にもたれず、まっすぐ背を伸ばす=背筋が強い
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■コース料理をさらっと食べて、苦しそうにしない=胃袋が強い
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<サバイバル能力>
■レストランは飛び込みで入らず、基本的に予約してから行く=準備周到
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■パンはいきなりかぶりつかず、ひと口サイズにちぎってから食べる=食料は常に食べきらない
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■苦手な料理は、食べる前に下げてもらう(まずいと勘違いさせない)=危険は事前に察知する
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■和装の場合、懐紙をしのばせておく=オールマイティなアイテムを常備しておく
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■お寿司は、つけ台に出されたらすぐ食べる=腐敗防止
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■ステーキは、最初に細かく切ったりせず左から少しづつ食べる=腐敗防止
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<隠密行動能力>
■周囲の人と食べるスピードをあわせ、早すぎたり遅すぎたりしない=チームワーク重視
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■スープを音を立てて飲まない=隠密行動
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■蕎麦つゆはつけ過ぎない
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■割り箸は静かに割る
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馬鹿なことを書いたつもりはないが。
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2011年01月09日

なぜ「動物モノ」は感動するのか?

とりあえず「子供」か「動物」を出しておけ。

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これは昔から、いわゆるコンテンツ業界というところでよく聞く言葉であります。
人は映画でも小説でも漫画でも演劇でも、とりあえず感動すれば納得するものです。
喜怒哀楽のいずれかを刺激されないと人は喜びませんが、さらに感動がないと納得しません。

かといってお客さんは何でも感動してくれるわけではない。
脚本に妙な矛盾があればダメだし、演者の力も必要。演出でもずいぶん変わるし、何より「その場の空気」が一番怖い。
そうした中で割と高確率で感動の空気を作り出すのが、子供と動物ということなのでしょう。

ではなぜ、子供や動物を出しておけば何とかなるのか。

その前に考えたいのは、感動の逆(かどうか判らないが)である「恐怖」についてです。
以前私は、「なぜ心霊写真は基本『顔』なのか」といったことを書きました。
つまり扉のすきまに目がある、森の向こうに顔が浮かんでいる、といった状況が怖いのであって、
これが「写真の背景に、不意にお尻が」ではあまり怖くないというわけです。

人は相手の表情を見て、その心情を読み取ろうとします。
そこに意思があれば「意思疎通」ができるので怖くありません。
しかし相手が「無表情」では、意思疎通ができない気がして恐ろしくなります。

すると心霊写真の顔が怖いのは、「意思がつかめない」から怖いことになる。
確かに大抵の心霊写真は、どれもずどーんとした、どんよりとした、ぼけーっとした表情をしているはずです。
もしくは顔の一部分だったりして、感情の全容がつかめない状態だったり。

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■人間だと怖いが、ねこだと別に怖くない。

ところがこれが、満面のナイスな笑みだったらどうでしょう。
あれっ、ちょっと会話が成立するかも、心霊の意見を聞いてみようかな、ということになって恐怖が減退するはずです。
逆に顔に張り付いたような超笑顔だと怖い。
これもやはり、その意思と無関係の笑みだと判るからです。

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■人間だったら怖いが……。

別に人でなくても、例えば化け物も怖い。巨大化した昆虫なんかも怖い。
なぜ怖いか。やはり意思が感じられないからです。
その行動が本能によるものだけで、まず理性がない。
こちらと意思疎通できないだろうな、という感じがどうにも恐ろしいのです。

最近話題となっている『進撃の巨人』という漫画。
当初なぜあの巨人が怖かったのかというと、人間を食べるからではなかったと思います。
たとえば「ふははははは、おまえら、残さず食ってやるわーっ」と叫びながらやってくる巨人だったらどうでしょうか。
怖いですか。
そうではない。知性が低く、何考えてるのか判らない。ただ食欲という本能に従っているだけの不可思議な存在。
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だからあの巨人は怖いのです。

『寄生獣』も人を食べますが、わりと冷静というか、結構話せるやつだったりします。
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ですから非常に面白いですが、怖いかと言われると不気味ですけどそんなに怖いお話ではありません。
もちろん恐怖には他にもいろんな原因があります。
ただ、その中のひとつとして導きたい結論はこうです。
「意思の疎通ができないやつは、怖い」

それでは、先の感動とは? に戻ります。

まず「動物もの」の場合、私たちはどこで感動しているのでしょうか?
動物ものといえば、何はなくとも犬です。
個人的な偏見かも知れませんが、動物で感動させたいなら、犬は外せません。

私の場合、まず思い出すのはこのあたりです。
『南極物語』
『忠犬ハチ公』
『名犬ジョリィ』
『フランダースの犬』
これらの作品に共通するものは、一体何でしょうか。

『南極物語』の場合、タロウとジロウは、世話してくれる人間のいない南極で、半年間の暗黒世界を生き抜き、観測隊員に再会します。
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しかし感動ポイントは「生き残った」ことではありません。
南極に帰ってきた隊員が2頭を見つける。そこで「タロウ、ジロウ」と呼びかける。
2頭は隊員の顔を思い出し、駆け寄って抱きつく!
そこが観客の涙腺を破壊するわけです。
「タロウ! ジロウ!」
「ガウーッ、ガウーッ」
では感動できません。

ハチ公もジョリーもパトラッシュも同じです。
彼らはご主人に従い、その存在を守護し、そして慕ってくれます。
ハチ公を、けして「駅周辺の屋台のおやじがエサをくれるから改札口に来ていた」としてはいけません。
ジョリィがもっとよこせと吠えてはいけない。
パトラッシュは、ちょっと寒いから俺はどっか行くわ、ではいかん。







これらの共通ポイントはひとつです。
人と犬のあいだに、本来ありうべくもない意思の疎通があった、と思わせてくれることです。
彼らが「けなげに人のことを思ってくれている」「何かしらの愛を抱いてくれている」と判るとき、
幾千万の紅涙をしぼるということになるわけです。

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2011年01月01日

あけましておめでとうございます

やはり初めが肝心ということで、あけましておめでとうございます。

昨日は高嶋さんより焼き鯛を送っていただきました。
私は元々京都の人間でございますので、慣習にしたがって「睨み鯛」をしました。

本当はお膳に置かないといけないんだけれども、そんなものはないのでテーブルに置いてじっと見てみる。
新年の干支であるウサギたちにも睨ませておく。

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これまで毎年、年末年始は実家に帰っていたのですが、今年は自宅です。
で、こんなものを買ってみて飾ってました。↓↓↓

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「2011GP」ってなんだ? F1のスポンサーか何かか?
しばらく(結構長い時間)勘違いしていました。「2011卯」だったという、当たり前というかしょうもない解答。



というわけで、こんな感じのブログですが、今年もよろしくお願いします。
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2010年12月30日

クリスマスイブの食事

先週のクリスマスイブは、家で食事しました。

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鶏の丸焼き。まわりにあるのは芽キャベツ。
テーブルはクリスマスっぽくセッティングしてます。

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胴体を切ると、中にいろんな野菜などを詰め込んであります。
鶏の肉汁がしみこんで、美味いです。

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毎年クリスマスケーキを食べきれずに残してしまうので、本格的なケーキはやめにしました。

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クリスマスプレゼント。
普通の包装じゃ面白くないので、巨大くつしたを用意してみましたよ。

中身は内緒。
posted by tk219 at 18:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

おまえらエンジンふかすな

わりと空いた電車に乗っておったら、駅のホームにリュックサックと水筒を抱えた大量の小学生軍団が見えました。
扉が開く前から、ワーワーキャーキャーと聞こえている。
「あっ、この車輌に乗る気だな」と判ったのですが、特にそれで悪い気がしたとかいう話ではありません。
私にも小学生時代はあったわけですし。

まず最初の状態。
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小学生たちが乗り込んできました。たぶん小学2〜3年生といったところ。
遠足だと思いますが、みんなテンション高いです。
ちょっと揺れたりするたびにキャッキャッ言ってます。
先生は「みんなは座ったら駄目ですよー」と。

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ところが私の左右が空いていることに、興味を持ち出す連中が。
じりじりと小さな連中が距離をつめてきます。
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ついに座り始めました。しばらくは先生も気づかず。
他の子供が「あー、いけないんだー」とか言いだしています。
101022_4.jpg



次の駅で停まった頃に、やっと先生が気づいて近づいてきました。
101022_5.jpg



先生にくっついて接近してくる大量の小学生。
なぜか俺のまわりの大人たちだけ、ちょうど降りる駅だったんだよ、という感じでいなくなってゆく。
グラディウス3のキューブラッシュのように囲まれていく俺(参照)。
101022_6.jpg



それで気づいたんだけれども、子供ってなんだか発熱量がすごいのよ。
立ってたら上空の空気があるからさほど感じないと思うんだけど、座ってるもんだから、もろに熱気が襲ってくる。
これで3駅分ほど移動したので、だんだん汗がにじんできた。

それで小学生たちが去っていくと、一陣のさわやかな風が。
す、涼しい……と思ってしまったのだった。
タグ:diary
posted by tk219 at 12:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

丹波黒を大量に

日曜日はとある方の家で、農作物の収穫をさせてもらいました。

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みんなでひっこぬいた黒豆(丹波黒)を、ひとつずつもいでゆく。予想外の重労働。

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ひとやすみして、昼食。

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これなんですか?と聞いたら、「ゴマだよ」とのこと。
胡麻ってこんな風にできるのか!

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ひとつの実にゴマが2〜3粒入ってました。
つぶすとゴマの香りがただよう。そしてつぶした指が濡れている。もしやこれが胡麻油というやつか?

収穫物として黒豆以外に、パプリカ、さつまいも、なすび、ピーマン、おくら、菊菜、落花生、そしてお米をいただきました。
お米はいわゆるワセというやつ。今の時期、まだ稲穂をつけてるのはオクテというわけです。

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余った土地に植えてあったコスモス。
どういうことだかよく判りませんが、政府の方でこういうことを奨励してるんだそうです。

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帰宅後、嫁とふたりでせっせと黒豆を処理。写真はごく一部です。

1,泥を洗い落とす。
2,ハサミで両端を切り落とす(後で塩ゆでするのに、よく浸透するように)。
3,塩でもむ。
4,塩ゆでする。
5,さらして冷ます。

今回すぐに食べてみて気づいたこと。
取れたての豆は、「高級豆腐の味」がする!(大豆なんだから当たり前なんだが……)

値段の高い豆腐の味というのは、はっきりと「豆の味」だったのだなあと得心しました。
タグ:diary event
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2010年10月11日

Youtubeの動画

最近あまり更新してないので、とりあえず自分のYoutubeアカウントのお気に入りを並べてみます。

自分のアカウントを作って最初に追加していたのは、2004年のPrince's trust
Live(ウェンブリー・アリーナで行われたチャールズ皇太子信託基金のチャリティーコンサート)で再結成したバグルスが演奏した「ラジオスターの悲劇(Radio Killed The Radio Star)」でした。





続いて同年、ロサンゼルスのE3で行われた任天堂のマスコミ向け記者発表。
ゲームキューブ向けの新作デモムービーが流れますが、それが「ゼルダの伝説」(後のトワイライトプリンセス)であると判った瞬間、ウォーッ!とおたけびをあげる取材陣(笑)。
さらに宮本茂が登壇するや、「オーマイガッ」「ジーザス」と絶叫するのも楽しいです。





2008年、日本武道館で行われた「KREVA K-ing SPECIAL」の模様。
まずバックステージ〜オープニング。開場して観客が入ってきてみると、当のKREVAが既にいて出迎えてくれるという。これは嬉しかろう。
最後にかかるのは、千晴の「GO」という曲。二階席で激しくラップするひとりの客にズームインしますが、それが千晴です。
ヒップホップを聞く趣味はないですが、これはいい曲だと思います。





2009年、露プーチン首相と米オバマ大統領の朝食会議。こんな恐ろしいのが2時間続いたそうです。
ちなみに長靴をパコパコやってるのは、サモワール(紅茶用の湯沸かし器)に空気を入れるロシアの伝統様式。
プーチンはわざとあんなものを見せて、反応に困るオバマへの笑いをこらえているという説もあるが、ちょっと不明。
もちろん長靴は新品であって、あのおっさんの足の臭いを送り込んでいるわけではない。





フジテレビ「オレたちひょうきん族」の最終回エンディング(1989年)。私は中学生でした。



まだ若かりし頃の芸人たちが、この番組でスターダムにのしあがっていきました。
画面で見て確認できたのは、
ビートたけし、明石家さんま、島田紳助、西川のりお・よしお、片岡鶴太郎、山田邦子、コント赤信号(ラサール石井、渡辺正行、小宮孝泰)、ぼんちおさむ、太平サブロー、島崎俊郎、ウガンダ、たけし軍団(そのまんま東、ラッシャー板前、グレート義太夫、松尾伴内)、Mr.オクレ、村上ショージ……などなど。
もちろんこの後、消えていく者あり、今も変わらぬ者あり、別の道へ転身する者あり、そして今や大御所となった者もあり。
スタジオの影から彼らを見つめるディレクターたちの表情も、たまらないものがあります。

そんな人々の、この時にしかないきらめきを感じて涙腺がゆるみますが、たぶんこれはノスタルジーというものなのでしょう。
タグ:diary movie
posted by tk219 at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

最近のちょっと

実は、教職免許を取ってみました。

100928_kyomen.jpg

数年前どうにも食べていけない気がして(今は大丈夫です)、実際に講師をやってることだし……というわけで教職を目指すことに。
ちなみに中学校・高等学校の国語一種免状。
介護実習(7日間)、教育実習(3週間)、書道実習(4日間)と大変でした。
関係各位には深く感謝申しあげます。



大阪の西梅田を歩くたびに気になっていたこと。
ヒルトンホテルのこれ。↓

100928_hilton.jpg

一体、何なんですかね?
ここだけぽこっと丸く突き出ていて、写真のようにライトが点灯しています。
しかし下には特に何もありません。



ある朝、飛び起きるなり妻に、
「突然だが、あれが食べたい」
「あれって何」
「悪魔が叫んでるやつ」
「はあ?」
「悪魔じゃなかったっけ。こう、ムガーッと口を開けて」
「スコーンのこと? それ、悪魔じゃなくて狼でしょ」

というわけで、なんなんだこの男は……という感じを残しつつスコーンを作ってくれました。

100928_scone.jpg

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タグ:diary
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2010年09月20日

携帯電話の待ち受けのせいで

私が使っている携帯電話はカシオの「W53CA」というやつで、2007年のものです。
ワンセグがない頃のものです(同時代他機種にはあったのかもしれないが)。
http://k-tai.casio.jp/products/w53ca/

で、そろそろ新しいのに変えてもいいのではないか、iPhone4というのも楽しそうではないか、
などと考えてはいるのですが、なかなか手が出ません。
というのも機能的にどうとかいうわけでなく、ただ待ち受けが好きであるためです。

2種類あって、「アデリーペンギン」と「ボニート(カツオのこと)」があります。
これの特にカツオが好きになってしまって、機種を変えられない。
別に新機種にカツオを入れてくれたら、すぐに新しくするんですがね。

ところがカシオさんは何を血迷っているのか、アヒルだのゴリラだのマトリョーシカだの、あげくのはてにはミジンコだのを採用してしまい、どうもカツオに戻ってきそうにない。
というか新キャラ入れるのはいいけど、古いのも残しておいてくださいよ。頼みます。

 DSCN2222.jpg
凍った仲間をお湯で戻してあげる

DSCN2200.jpg
風邪をひく

DSCN2194.jpg
釣り針についつい興味を持つ

DSCN2180.jpg
バカンスの妄想をする

DSCN2178.jpg
缶詰にされてしまった仲間に涙する

全パターンとなると相当な数があり、時間帯や機種の充電状態などでも変わるので一体何種類あるのか、よく判りません。
で、電車などで閑なとき、これをぼけーっと眺めているということになります。

DSCN2218.jpg DSCN2211.jpg DSCN2205.jpg DSCN2182.jpg DSCN2181.jpg DSCN2177.jpg DSCN2175.jpg DSCN2169.jpg DSCN2165.jpg DSCN2162.jpg
 
タグ:diary
posted by tk219 at 18:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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