2011年01月05日

BS-Hi「ローマ皇帝の歩いた道」

久しぶりにテレビを観た。


NHKのBSハイビジョンで「ローマ皇帝の歩いた道」っつうのをやってたんだが、気づくのが遅くて後編の後半しか観ることができなかった。

案内人が青柳正規氏。

本は数冊持ってるがどんな人かは知らなかったので、それが判ったという意味でも観て良かった。


そこでは五賢帝の1人でもあるトラヤヌスが拡張した新領土ダキア(ルーマニア)を、次代のハドリアヌスが放棄せざるを得なくなった事情について解説していた。

帝国全土より最新情報を得ているハドリアヌスと違い、拡張こそ繁栄という思想から逃れられない元老院。

その情報格差が対立を呼んだ、という話だった。


ダキアというのはローマから見ると、ドナウ川を越えた北側に位置する土地である。

provincia.jpg

「ラテン語からフランス語へ」より(http://park1.aeonnet.ne.jp/~memoria/lingua/provincia.html

【ローマより北東、モエシア、ダルマティアより、ドナウ川で区切られた北部にあるのがダキア。】


ドナウは大きいところで川幅が1キロを超える大河であって、トラヤヌスはこれを越えるために橋を建設する大工事を行っている。

トラヤヌスのダキア戦役は2度あり、最初が紀元101年。

まず崖をくりぬいて道を造り、橋(二段構造の重厚なもの)を建造し、兵站を整えてから3倍の兵力で敵をすりつぶした。

それでも反撃してきたダキア族に対し、第2次戦役(紀元105年)では15万という大軍をもってあたった。

捕虜5万は剣闘士として殺し、残りは奴隷にする、残った民衆は北方に追放するという過酷さで、後に「ルーマニア(ローマ人の土地)」と名付けられたのは伊達ではない。

そして手に入れた新領土には、金鉱山があった。


元老院にしてみれば、そういう過去の経緯がある。

そこまでして手に入れ、また金の採れる土地をなぜ放棄せねばならんのかという理屈である。

しかし以前はドナウという自然の要害に任せていた国境が、地続きとなったために数万もの兵を駐屯させて警備せねばならぬ。

その費用は、金鉱山を持ってしても割に合わない。それがハドリアヌスの考えだった。

で、歴代皇帝を顕彰する様々なモニュメントのあるローマであるのに、ハドリアヌスを称えるそれはない、というのが番組の結論であった。



ただ解せないのは、番組タイトルである。

ハドリアヌスは確かに有名だが、歴代皇帝としてはかなり早い位置にある。

番組はまるでハドリアヌスのすぐ後に帝国崩壊したかのような演出で、なんだかなーという感じであった。


もし「徳川将軍の歩いた道」という番組を作ったとして、それが綱吉あたりで終わるとしたら違和感がないだろうか。



青柳氏の本の中では、まずこのあたりが良いと思います。




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posted by tk219 at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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