2010年06月07日

ポプコム最終号

本棚からまた発見しました。
往年のパソコン雑誌「ポプコム(POPCOM)」の最終号です。1994年3月号。

popcom_h.jpg

表紙イラストはくつぎけんいち氏。

popcom2.jpg

この通り、目次にでっかく「休刊のお知らせ」とあります。
休刊ですから必ずしも最終とは限らないんですが、休止したCOMPLEXが活動再開するとは思えないのと同じくらい、休刊した雑誌が復活するなんてことはまずない。
たまに、「Oh!X」のように3年を経て不定期に大復活するということもあるんですが、「Oh!MZ」が復活するという話は聞かないので、まあ難しいでしょう。

popcom1.jpg

その「Oh!X」が対象としていたXシリーズの最終形となるX68030の広告が、ちょうど表紙ウラ(H2面)の広告に載ってました。

popcom4.jpg

最終号ということで、いろいろまとめた特集記事になってました。
シブサワ・コウさんというのは「信長の野望」「三国志」などなど、光栄のゲームの作者というか、プロデューサーです。
私自身は「蒼き狼と白き牝鹿」で、光栄が「あのシブサワコウがついに送り出す!!」みたいな感じで広告を打っていて、誰それ?と思ったのが初シブサワです。
で、その正体は当時の光栄会長の襟川陽一氏であり、特に公表することもないがみんな知っているという不思議な状態でした。

popcom5.jpg

この頃はまだ「マルチメディア」が花盛りで、高城剛さんあたりを各誌でよく見かけました。
「ハイパーメディアクリエーター」という肩書きをおちょくられることの多い方ですが、当時はマルチメディア自体がよくわからんうさんくさいものであり、その何だかわかんない代物をお年寄りに説明するのにうってつけだった、まさに体現者というべき重要な人物だと思います。

CD-ROMマガジンが出始めたのもこの頃です。
こういう形式は今や当たり前というか、むしろ廃れてきましたですね。

popcom6.jpg

シミュレーションゲーム「銀河英雄伝説」。
言わずと知れた田中芳樹氏の大ヒット小説(累計1500万部)のゲーム化です。
ヨーロッパにおける権謀術数の物語を宇宙に持って行くというもので、「うまいことやりやがったな、でも面白いから読んじゃうじゃねーかこのやろう」と思いつつ、当時中学生だった私は全巻読んでました。
ゲームとなったこちらは、重厚なオープニングBGMが良かったなという記憶しかありません。すいません。


popcom3.jpg

当時最先端の製品たち。
・シンセサイザーが付いたヘッドホンカセット!
・ついに10万円を切ったパーソナルファクシミリ!
・ついにカラー液晶を搭載したワープロ専用機!
・パノラマが撮れる使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)!
・MIDI音源内蔵の電子キーボード!
こういうものが、好き者たちの胸を熱くさせていたわけです。

popcom_h4.jpg

裏表紙。EPSONの広告です。
キャッチコピーが「Windows君おすすめ、一太郎君おすすめ」というわけで、当時はWindowsというOSと一太郎というワープロソフトが、ビジネスPCという分野でがっぷり四つを組んでいるという時代だったのですね。
Microsoft Wordはまだちまちまやってたということでしょう。

ちなみにスペックは、
・高速CPU!(i486SX/25/33MHz)
・快適利用のメモリ!(最大63.6MB)
・高精細なフルカラーを高速表示!(1024×768)
・高性能の新基準!(Windows3.1プリインストール)
こんな「フルスペックの未来マシン」が33万8000円!!!

そういう時代でした。

ちなみにポプコムといえば、私は三遊亭円丈師匠がRPGをぶったぎる上に、ゲーム関係各位に毒を吐きまくる連載「円丈のドラゴンスレイヤー」が大好きだったのですが、最終号には載ってませんでした。
このあたりどういうことなのか、ちょっと記憶がありません。


タグ:diary
posted by tk219 at 16:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | なつかしの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は思春期にマイコンを使っていた世代です。しかし、私はベーマガ派でポプコムやPIOや、プログラムポシェットは読まなかったですね。
当時、マイコンは10台くらい買いましたが、馬鹿な子供だったので全て中途半端な形で手放しました(MSX2やX1なんてただであげましたが、勿論後悔しています)。
最近になって、ヤフオク等でマイコンを集めて使っています。あくまで実機にこだわり、エミュは使わない主義です。
しかし、ポプコム最終号と言うのも寂しいものですね。私は頭が悪く、当時BASICでゲームを自作する事すら出来なかったので、これらの雑誌に投稿した事はありません。
しかし、最近BASICでゲームを作ろうと思っています。プログラム投稿雑誌は無くなってしまいましたし、時代も変わったのでゲームを作っても、誰にも遊んでもらえない訳で、自己満足ですね。
しかし若い時に出来なかった事を、生きている間にやっておこうと思っています。
中年になり、人生の半分を浪費してしまいましたから。マイコン時代は、本当に楽しかったです。
Posted by けん at 2011年07月31日 17:24
僕も実はベーマガ派です。ところが引っ越しをした時に誤って全て捨ててしまいました。今もたまに思い出して後悔してます。
僕が初めて手に入れたマイコンはいきなりのX68000で、周囲に誰もそれを持つ友人がおらず、ベーマガを買ってはプログラムを打ち込む日々でした。よくゲームミュージックを打ち込んでいたので、当時はYu-You氏やYK-2氏が僕にとっての最初の「神」でした。
今から20年以上前になるわけですが、パソコンやゲームがまさに日進月歩で進化していて、もちろんそれは今でも同じなんですが、かつて10から20に進歩したのと、今200から210に進歩するのでは、同じ10の進歩でも昔の方が感動は大きかったのかなあと思います。

しかし現在は、プログラムリストではなくプログラムそのものを配布できる時代ですし、研鑽すればむしろ昔よりずっといろんな人に遊んでもらえるかもしれませんよ。僕自身もX68000の同人ゲームを今もエミュで遊んだりしますし。
Posted by tk at 2011年07月31日 21:20
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。