2009年10月30日

私たちの敗北

「器の大きい男がいい」
という物言いがある。
器とは何か、と言われると難しい。
寛容なこと? 聡明なこと? それとも豪快なこと?

しかし少なくとも、「これは器が小さい」ということならある。

とある店で読書していた。時刻は19:30。

すぐ近くの2人席で、20代後半くらいの男性が大声で怒鳴っている。
向かいに座ったもうひとりの男性は、それを神妙に聞いている。
ふたりとも、なぜかペアルックのような格好をしていた。
黒のジーンズに、赤い長袖のシャツ。傍らにギターケース。
バンドやってる人か。

「もっと要点を絞れ、て言うとるやろ」
「(小声で)……はい」
「ハイじゃわからん。何を悪いと思うとんのや」

関西弁とは微妙にイントネーションが違う。四国の風がある。

「結局どう思うとんのや」
「(すごく小声で)……すいません」
「すいません、やあるか!」(ドン、とテーブルを叩く)
「……」
「何を謝っとるんや。何を悪いと思うて謝っとるんや」
「……いや、あの……」

怒っている方は、開脚180度近いガニマタで座っている。髪はボサボサ。
対して怒られてる方はサラサラストレートの坊ちゃん風。足をきっちり揃えて座っている。
それにしても、何をそんなに怒っているのだろうか。
私も含めて、周囲の者はみな、気にしない顔をして思いっきり気にして、ちらちら見ていた。
声がでかすぎるんである。

「ハッ、おまえにはほんと呆れるわ」
「……あの」
「何や。はよ言わんか」
「……あの……あの……悪かったって思ってます」
「何を」
「……えっ」
「何を悪かったて、思うとるんや。その要点を話せて言うとんのや」

文字で書くとこうだが、実際はすさまじい速度で追いつめてるので、怒られてる方はほとんど答えるすきがない。
会話にあまり進展はないので、ふっと意識が読書の方へ移った。

20:30。

「はよ話せ。何が悪かったんや」

まだ怒っていた。

1時間たったんだが。
あまりに一本調子に怒るので、逆に無言になると気になる。
つまり、急に無言になった。

ちらっと見ると、怒っている方がうつむいていた。
(どうした?)と思うと、彼は紙ナプキンで丁寧にCDケースを磨いていた。
ふたりのテーブルの中央には、CDが20枚くらいつんであった。

一枚づつ、角も丁寧にふいている。
別に何か濡れたとか汚れたとか、そういう感じではない。
カーマニアが駐車場で、とっくにピカピカの車をまだ磨いてるような感じだ。

私は読書を終えてしまった。
こんなに長居するつもりでもなかった。
だが帰れない。
怒りの原因が知りたくなってしまった。
ここまで凄まじい怒りを持続できる原因とは、一体何なのか。

「俺が知りたいのはさっきみたいなんじゃないんや」
「……はい」
「要点や。要点を絞れ」
「……」
「結局どう思うとんのや」
「……すいません」
「すいません、やあるか!」(ドン、とテーブルを叩く)
「……」
「何を謝っとるんや。何を悪いと思うて謝っとるんや」
「……いや、あの……」

CDを磨きおえ、怒号が再開された。
さっきと同じ会話がループしている。

夜の、21:00。

「おまえ、全然成長がないよな。大したもんだよ」
「……」

えんえんと続く堂々めぐり。
怒られている方の青年は、じっと足を揃えて怒られている。
ほんと、何があったんだろう?

ついに、21:30。山が動いた。

「なんで忘れたんや」

おおっ。
2時間を超え、ついに、やっと、怒りの原因に結びつきそうな言葉が出てきた!

「……いや、あの……」
「何で忘れた。その理由や。その理由を知りたいんや」
「……」

こういうのも何だが、忘れる理由がわかってたら「忘れない」。
忘れたから忘れた。それ以外にないのではないか。

「……悪かったって、思ってます……」
「だから(ドン)! 結局どう思うとん(以下略)

しばしのループ後。

「もうおまえとはやっとれんわ」
「……」
「無駄やったよ。無駄。練習してきた時間、返せや」
「……」

だいぶ手がかりが出てきた。
勝手に想像する。

怒ってる方はギターだ。怒られてる方はケースが長いので、きっとベースだろう。
たぶんこのふたりは、徳島あたりから、今日こっちでライブでもやろうとやってきたのではないか。
オーディションを受けるとか。
練習して、船賃ためて、勇んでやってきたのではないか。
ところが、片方が重要な何かを忘れてきたのではないか。
楽器はある。楽譜は練習してるなら、あってもなくてもいいだろう。

21:45。

「だから(ドン)! 結局どう思うとん(以下同じ)」

まだやってる。もう疲れた。限界。
全身の骨が痛くなってきたので、伸ばしがてらトイレに行ってみる。
席に戻る時、さりげなくふたりを見る。

すると、その奥にいた女性ふたりと目が合った。
彼女たちも、およそ2時間は席を動いていなかった。
その彼女たちが、そろってこっちを見た。

「あ、おたくも?」

言葉はいらない。
微妙なアイコンタクトを終え、再び席についた。

22:00。

「……あの」
「何や」
「……実は、その……」
「何や」
「……実は、ウソついてました」
「ウソ? 何のウソや」

「……やる気あるって、ウソついてました……」

ガガーン!!
これは驚愕の告白である!!
私も、奥の女性らも、吃驚して目を見開いた。
何があったのかは、ついにわからないままだ。
だが、決定的な台詞が放たれてしまった。

「実は、やる気がなかった」
もう終わりではないか。
「実はあなたのこと、好きじゃなかった」
これと同じだ。どんな恋人同士も、この台詞の前には崩壊せざるをえない。
彼は、怒りすぎた。パートナーを追いつめすぎたのだ。

私は、この悲しい物語の結末を見届けようと思った。彼女たちも同じだろう。

「何?」
「……実は、やる気なかったんです。でも……」

「何でや」
「……はい?」
「何で、やる気なかったんや」
「……えっ、あの、」

私はガクッときた。
ここで店内に「蛍の光」が流れる。閉店の時間なのである。
彼らは荷物をまとめ、店を出た。

帰り、駅のロビーに立つふたりを見た。彼はまだ怒っていた。

歩いて側を通ると、
「……あの、これからも頑張りたいと思ってるんです」
と怒られてた人が言っていた。

たぶん、そういうふたりなのである。
私は少し敗北感を感じながら、帰宅の途についた。


何の話だっけ?




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(別のブログに昔書いた文章ですが、そのブログがなくなったんで再掲してみました)


タグ:diary ARCHIVE
posted by tk219 at 15:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだか、落語に出てきそうな内容やとおもわへん?
読んでてそう思ったわ

長い時間お疲れ様。オチが分からんかったのが残念やけどね
Posted by TH at 2009年10月30日 22:55
まあ、面白かったけどね。
Posted by tk at 2009年11月02日 12:50
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